未来のかけらを探して

一章・ウォンテッド・オブ・ジュエル
―8話・素晴らしき袋叩き―



ロビンも、ゼリーに似た不気味な魔物も、
両者距離をとったまま微動だにしなかった。
しばしの沈黙。それを先に破ったのは、魔物だ。
“食らえ!”
ゼリー状の塊が、刃のようにロビンを襲う。
素早く身を翻してそれをかわすと、代わりにそれを受けた背後の木の一部が溶けてしまった。
「げぇぇっ……。」
当たっていたら自分も同じ目に会っていたと思うと、鳥肌が立った。
だが、そう思っている暇は無い。
うかうかしていれば、本当にそうなってしまう。
すばやく剣を抜き、攻撃の合間を縫って切りかかった。
“お前ごときの攻撃、このわしには通じん!!”
その言葉どおりだった。
剣が粘液ですべり、全く斬れない。予想以上に手ごわそうだ。
「ち!」
反撃を食らう前に脇に飛ぶと、すぐに剣についた粘液を振り払う。
ねばねばしていて気持ちが悪い。
―どーするよ、おれ。
相手はこの通り、剣が利く相手ではない。
だが、持っている武器は剣だけ。魔法の心得は勿論無い。
さしずめ、八方ふさがりといった所か。
“クカカカカ……剣士のお前には勝ち目は無いぞ。”
それを見透かしたように、勝ち誇った笑い声を響かせる。
「生ゴミゼリーは黙ってろ!」
噛み付くようにロビンは叫んだ。
見透かされていようと、それで動揺してしまってはいけない。
ロビンも戦いのプロだ。そのくらい承知している。
“グググ……。”
また生ゴミゼリーと言われ、魔物の怒りはまた高まったようだ。
だが、ロビンはそんな事は気にしていない。
荷物袋を片手でこっそり漁っている。
(確かこの辺に……。)
手に、硬い石のような感触があった。
即座にそれをつかみ、素早く袋から引きずり出す。
「くらえ!」
ぶんっという鋭く重い音を立て、取り出したそれを投げつける。
あっけなくそれはかわされたが、
落ちた瞬間に発動した弱い雷撃が魔物を襲った。
投げつけたのは青い牙。
やや青みを帯びた、サンダードラゴンの牙だ。
本体には及ばないが、これだけでも雷の力を持っている。
「ち、あんまり効かなかったか!」
“ふん、これしきでこのヒルフォーンが倒せると思うたか!!”
魔物が、見下したように吐き捨てた。
「ふーん……ヒルフォーンね。
生ゴミゼリーにしちゃ、ご大層な名前じゃねーか。」
ロビンは、また相手の機嫌を逆なでする言葉を言った。
今のマジックアイテムなど、ほんの小手調べ。
実家は古くから続く商人の家柄。
そのためか、彼は様々なアイテムを持っている。
「これ、俺が叩き出される前に兄貴からもらった餞別なんだけどよ。
てめーに特別に見せてやるぜ!」
叫ぶとほぼ同時に、今まで持っていた剣を後ろに放り投げる。
戦士の分身ともいえる武器を捨て、何をする気なのか。
魔物・ヒルフォーンが訝しげに思う間もなく、
ロビンは一本のショート・ソードを握った。
長さは普通の剣の3分の2ほどしかないその剣は、
透き通るような不思議な輝きを放っている。
「どっかの国の鍛冶屋の親父の新作、ジェルクラッシュだ!」
不規則に波打つ特殊な刃には、
スライムの粘液でも滑らない特殊な加工が施されている。
“な、何い?!貴様、あれを持っておるのかぁ!!!”
悲鳴に近い絶叫を、ヒルフォーンが上げた。
相手が恐怖で凍りついた隙に、すかさずロビンが地面をける。
その時だった。
「わが魔力、炎となりかの者を焼け、ヒート!!」
ファイアとファイラの間のような大きな炎が、魔物の体表に踊りかかる。
炎にあおられ、ロビンは転がるように脇へと逃れた。
“ぐおぉぉぉっっ!!!!”
崩れかかったようなヒルフォーンの体は、ひとたまりも無い。
あっという間に、体表の半分が炭と化す。
「魔法はいつもやんないけど、とっておきだからやっちゃっタ☆」
熱さでのた打ち回る魔物の様子がおかしいのか、
パササの顔は思いっきり笑っていた。
表情こそ屈託無いが、場合が場合だけに悪魔に見える。
「お、お前らいつの間に?!」
ロビンが驚いて振り返った。
さっき自分を蹴り飛ばした張本人・くろっちと、プーレ達がいる。
いつの間に追いついたのだろうか。
「(今来たんだよ。そうしたら、ロビンが戦っているのが見えたからね。)」
涼しい顔で、くろっちが手短に教えた。
「ロビン、大丈夫?!」
「おいかけるの、たいへんだったんだよぉー!」
他の二人も、すでに武器を持って駆けつけていた。
“ぐぬぅ……だが、数だけ増えればよいわけではないぞ!!
くらぇぇぇ!!!”
ヒルフォーンが体を魚のように変形させ、泉に飛び込む。
次の瞬間、泉の水が天に舞い上がり無数のツララとなって一行の頭上に降り注ぐ。
『うわぁぁ!!』
『ぐぁ!!』
よける隙間もなく降り注ぐツララが相手ではよけようもなく、
鋭いそれらに皮膚はずたずたに切り裂かれる。
“はっ!!”
だが、次の瞬間にそれらをエメラルドの風の力が押しのける。
すさまじい風が、四方八方にツララを押しやった。
“チィッ!忌まわしき六宝珠めが!!わしの邪魔をするな!!”
ヒルフォーンが憎憎しげに吐き捨てる。
すると、ルビーがそれを思念波で豪快に笑い飛ばした。
“お前らみたいな奴らに、この俺たちがそう簡単に渡ってたまるか!
動けないクリスタルと一緒にしてもらっちゃあ困るな!”
世界各地で奪われるクリスタル。
その名が引き合いに出され、ヒルフォーンはぐにゃりと己の姿をゆがめた。
「クリスタル……?」
不思議そうにパササがつぶやいた。
「後で教えてやるよ。だから、今はこいつをぶちのめす事に集中しろ。」
透き通った剣の切っ先を魔物に向けたまま、ロビンが言った。
パササが下から見上げた拍子に、ロビンの顔が目に入る。
雑魚との戦いで時折見た事があるが、顔つきがいつもとまるで違う。
いつものお調子者の気配は鳴りを潜め、険しい軍人の物とすり替わっていた。
「オッケー。じゃ、ボクまた魔法つかうからよろしク〜♪」
「りょーかーい★」
戦闘中とは思えないのんきな会話を繰り広げると、
小さな体でエルンがぴょんとジャンプする。
一方プーレとくろっちは、
持ち前の素早さでとっくにヒルフォーンの背後と右を取っていた。
勿論ヒルフォーンも背後を取られまいとしたのだろうが、
あいにく先程の魔法のダメージでそうは行かなかった。
“ぐぅぅ……そうはさせるかぁ!!”
先程の魔法で、すでにこれだけの手傷を負わされたのだ。
もう一度喰らえばどうなるかなど、分かりきっている。
「それはこっちのせりふだよ!」
素早くプーレが飛び掛り、きつい一発をお見舞いした。
だが、半分表面が焼けていても、芯まで火が通っているわけではない。
まだ中の弾力は失われていなかったようで、
うまい具合に攻撃の衝撃が分散してしまった。
やはり、ゼリー状の体には通常の武器は効かないようだ。
「やっぱ、おれが引き付けとくしかねーか……。」
ゼリー系の柔らかい弾力のある体や、
ねばねばする体液をものともしないという剣。
先ほどはああ言ったものの、一回も使った事が無いのでどこまで通じるかは分からない。
「てめーが反撃しないなら、またこっちから行かせてもらうぜ!」
不思議な刃が、太陽の光を反射してきらめく。
地を蹴ると同時に切りかかった。
ヒルフォーンは、それを寸前でかわそうと体をへこませる。
だが、ロビンが従軍以前より培ってきた剣術の腕前は、
そう易々とかわされるほどやわではない。
“……っっ!!”
嫌な臭いのする断片が、四方八方に飛び散った。
血とは明らかに違う透明な液体も、それと同時に飛び散りロビンの顔を汚す。
「うひゃ〜……なにこれぇ〜!!」
近くで今まさに攻撃しようとしていたエルンは、
ハープについたヒルフォーンの体の断片に、思わず引いてしまった。
弦に張り付いたそれは嫌な臭いがするし、
何より気持ち悪くて仕方がない。
「―――。」
一方、精神集中をしているパササは断片が飛んできても何の反応も示さない。
だが、それは幸いな事だった。
呪文の詠唱中に集中が途切れてしまえば、
それはそのまま術者に返ることもあるからだ。
「わが魔力、刃となりかの者を切り刻め、ラファール!!」
パササの髪が、自身の周りに生じた風で激しく乱れて踊った。
風はパササが掲げた右手の上に集まり、
さながら鋭い剣のように一斉に魔物に襲い掛かる。
柔らかく弾力もある体も、こればかりはお手上げだ。
あっという間にただの細切れと化してしまった。
どんどん細切れから流れ出る液体が、辺り一帯を汚れた海に変えていく。
“おの……れ……。”
だが、一番大きい塊はそれでもまだ動こうとしている。
周囲に、少しずつ他の塊が集まり始めていた。
「(ロビン!)」
くろっちはそれを見逃さず、素早く宙に蹴り上げた。
鋭い声でロビンを呼ぶ。
「おうよ!」
それと同時に地を蹴り、ロビンが斜めに剣で両断する。
全てが一瞬の事のようだ。
見事なコンビネーションといえよう。
二つの種族の成体が見せた鮮やかな技に、思わず目を奪われた。
「あ、そういえば泉の方大丈夫か?」
先程の険しい雰囲気はどこへやら、
いつもの調子でロビンがプーレ達に声をかける。
「!そうだ、聖水を……。」
プーレがぱっと振り返る。丁度、彼の後ろに泉があったのだ。
他のメンバーも、一斉に顔をそちらに向ける。
敵があれだけ派手な技を繰り出したのだ、無事かどうか心配だった。
『あ゛……。』
結果は一目瞭然。
ツララを降らせる技に泉が媒介として使われたせいで、
新しく流れ出てきた水だけが申し訳程度に底を流れている。
これでは、とても足りそうに無い気がした。
「え〜、どうするノ〜!」
これじゃあだめじゃン!とパササがわめく。
だが、童話ではないのだから元々そんなに都合よく行くわけが無い。
多分、あそこでヒルフォーンがあの技を使ったのもわざとだろう。
「(ん〜……そうだ、エメラルドが吹き飛ばしたツララがなかったかい?)」
「え、あれ?そのへんにいっぱいあるけどぉ。」
「(あれ、元は何だったっけ?)」
『泉の水。』
自分たちでそう言って、ようやくくろっちが意図していることが分かった。
「(ツララを集めて、砕いて水筒に入れよう。)」
何だかせこい気がしたが、これも村人を救うためである。
一行は、さっそく四方八方の茂みや草に落ちたツララ探しを始めた。


―2時間後―
「エメラルドの馬鹿ヤロ〜……。」
パササが、かすれた声で呪詛のようにつぶやいた。
ぐったりとその場に座り込んだ子供達の顔は、疲労一色だ。
しかし、文句を言われたエメラルドは袋の中で沈黙を保っている。
「ごくろーさん。おめーらはちょっと休んでろ。」
一方ロビンとくろっちは、まだ体力が残っているらしい。
ここまでの移動や戦闘の疲れがあるのは、
ばててひっくり返っている子供達と大して変わらないはずなのだが。
ここが子供と大人の違いということか。
「(それにしても、全然溶けないね、このツララ。)
防水加工してある皮袋にツララを入れて、さっきからガンガンと蹴ったり叩いたりしているが、
よほど強固に凍らされているのかほとんど削り取れない。
ロビンはジェルクラッシュをしまって、いつの間にか回収したいつもの剣で叩いている。
勿論鋼鉄製だ。それなのに、ツララは割れる気配がない。
そろそろ剣の方が折れてしまいそうな気がする。
「ダッサ〜。ボクがヒート使おっカ?」
いまだやる気の無い声ながら、生意気な口を叩くだけの元気はとっくに戻っているらしい。
「ヒートって……さっきのだよな?」
ロビンが怪訝そうに問う。
「そういえば、さっきから思ってたんだけど、
ヒートとラファールって黒魔法なの?それともちがうの?」
ロビンの言葉に付け足すように、プーレもパササにたずねた。
パササは、首をかしげて少々考えているらしい。
「んー、なんだったっけ。あ、そうそうあれたしか『古魔法』っていうんだヨ。」
『古魔法?』
パササ以外の全員が声をダブらせる。
どうにも聞きなれない魔法の名前が返ってきた。
「ウン。あのネ……」
彼のあまり要領を得ない説明によれば、
古魔法とは一番古い魔法で、彼の種族の先祖や親戚が使えるらしい。
他の魔法とどっちが強いかは分からないが、
何しろ精神集中が難しく、パササの場合じっとしてないと使えないのでほとんど使わないという。
「むずかしいんだね〜……。」
「つーかさ、それじゃ使い道があんまりねーんじゃねえの?
ま、さっきは良かったけどよ。」
実際ロビンは、自国で研究が始まったばかりの白・黒魔法よりは、
古魔法の方が使えそうな気がしていた。
人間が操る魔法を見る機会はそれほど多いわけではないが、
一回だけ見た見習い黒魔道士のお粗末ブリザドよりは遥かにいい。
「(ねえパササ、君はパサラの中では魔法が上手な方だと思う?)」
「え、どーだろー?だって、まだ3つしかおしえてもらってないし。
おかあさんとかおとうさんは、あれが一番かんたんな方だって言ってたけド。」
パササは少々投げやりに返事を返した。
多分、腕前を特に言われた覚えが無いのだろう。
「マジかよ……。」
あれで最低レベルとは、にわかに信じがたい。
最低という事は、あれより上があるということで、それを考えると相当怖い事になる気がした。
もっとも、今のパササは使えないからお目にかかれないが。
「ところでさー、やるの?やんないのぉ?」
「あ、いけね。だべってる場合じゃねーや。」
「そんじゃ、それ貸しテー♪」
その後、勢い余って熱湯を発生させ、すさまじい事になったのはここだけの話である。
ヒートの炎は、どこまでも熱い。



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ロビン、いつからお前は主役になったんだ?!(何)
そしてパササはおいしい所持ってきボーイ。いやむしろ幼児か。
便利とは言い難いが強い魔法・古魔法。
今のところ判明している使い手は、銀の風のフィアスと合わせてたったの2人。(だと思った)
と、いうかヒートでどうやって氷を溶かしたんでしょう。思いっきり火が出るのに……。
そんな器用な真似がパササに出来るとは思えな(撲殺
ちなみに今回の題名、親曰く韻を踏んでいるらしいです。別にそんなつもりは無かったんですがねえ。